ドクターからの説明軟骨無形成症に対する成長ホルモン療法・里村 憲一先生
 

■軟骨無形成症に対する成長ホルモン療法

大阪府立母子保健総合医療センター 腎・代謝科
里村 憲一

成長ホルモンとは

成長ホルモンは、脳の下垂体前葉と呼ばれているところから分泌されているホルモンです。手足の長い骨(長管骨といいます)の両端にある成長軟骨板に存在する軟骨細胞の増殖を促進し、骨の縦への成長を増加する働きがあります。最初は、成長ホルモンの分泌が悪いために起こる低身長(下垂体性低身長)に対して使用されていました。成長ホルモンが薬として最初に作られたときは、亡くなられたヒトの脳から成長ホルモンを抽出して使用しました。そのため、下垂体を提供された方の病気が感染するなどの問題がありました。現在では、大腸菌にヒトの遺伝子を組み込んで成長ホルモンをつくっているため、このような危険性はなくなりました。軟骨無形成症の患者さんに対する臨床試験で身長増加に対する有効性が認められたため、1997年から軟骨異栄養症(軟骨無形成症または軟骨低形成症)の患者さんも、保険を使っての治療が可能となりました。

成長ホルモン療法の対象者

男女とも3歳以上、骨年齢が男性では17歳未満、女性では15歳未満の軟骨異栄養症の患者さんで、同性・同年齢の標準身長と比較して−3 SD(同年齢の健常児の平均身長から標準偏差の3倍を引いた値)以下の患者さんが成長ホルモン療法の対象となります。この条件を満たす大阪府下に住んでおられる患者さんでは、健康保険の自己負担分を小児慢性特定疾患の制度がカバーしてくれるため、病院で治療費を払う必要はありません(他府県の方は主治医に聞いてください)。軟骨無形成症の患者さんでは全員が身長は−3 SD以下ですが、軟骨低形成症の患者さんでは−3 SD以上の方もおられます。骨年齢は、手のレントゲン写真を撮ればわかります。 もともと、手術を考える必要があるほどの大孔狭窄、脊柱管狭窄、水頭症、脊髄・馬尾圧迫などがある場合は、成長ホルモンを使用できません。成長ホルモン療法を開始する前にレントゲン検査(CTあるいはMRI)を行って、これらの合併症があるかどうかを整形外科および脳外科の医師に診断してもらうことが必要です。

成長ホルモン療法の実際

成長ホルモン剤は皮下注射の薬ですが、注射のたびに病院に行く必要はありません。成長ホルモンを作っている会社がいろいろ工夫をして、家庭でも簡単に皮下注射をできるようになっています。注射器はペン型で、目盛りを合わせるだけで必要な薬の量を調節でき、薬はカートリッジに入っていて、注射をするたびに薬を溶かす手間もいりません。針も非常に細く、想像しているほど痛みは強くありません。しかし、1日に1回寝る前、1週間に5−6回の皮下注射を行う必要があるため、最初の頃は注射をする保護者の方にとっても、また、注射される子どもにとっても、治療がストレスになると思います。数ヶ月もすると、そのストレスも軽くなり、身長が伸びていることを実感すると、自分から進んで注射の用意をする子どもさんも出てきます。また痛みが少ないため、子どもさんが眠ってから注射するのも一法ですが、寝ている間に注射をすることを子どもに言い聞かせてから始めることが必要でしょう。図1は実際に使用されているペン型の注射器、針の写真です。

 
性腺抑制療法との併用

思春期に成長ホルモン療法を行うと、骨端線の閉鎖が早くなる可能性があること、思春期の来るのを遅くして成長ホルモンを長く使用する目的で、性腺抑制療法を併用することがあります。この治療を併用する場合は、思春期のサインがあればすぐに開始します。思春期が進んでからでは効果が少なくなります。性腺抑制療法を行うと、同年代の友人の体つきがどんどん大人っぽくなっていくのに、本人の体は子どものままなので、違和感やコンプレックスを覚えることがあります。治療を始める前に、これらのことについて、本人を交えて主治医とよく話し合った方がいいでしょう。

成長ホルモン療法の効果

成長ホルモン療法を始めて1−2年は身長がよく伸びますが、その後は次第に伸びが減少します。図2に私たちの病院で検討した結果を示します。図から、観察し得た4年間は身長が伸び続けていることと、治療期間が長くなるにつれて次第に身長の伸びが少なくなることがわかります。成長ホルモンを使用すると、大人になったときの身長(最終身長)が、使用しなかった場合と比較して、どの程度大きくなるかはよく分かっていません。個人的には、最終身長が10 cm伸びればよく伸びたと思います。今後、成長ホルモンを使用された後に成人となった患者さんが増えるにつれて、最終身長がどの程度伸びるかが分かってくるでしょう。年齢が小さいときに始める方が、身長のよく伸びる期間が長い印象があるので、患者さん本人が特に注射を嫌がるなどの問題が無ければ、3歳になればすぐに成長ホルモン療法を始めるように勧めています。 成長ホルモンを使用すると、体のプロポーションがよくなるとも言われています。軟骨無形成症患者さんの座高/身長比は、成長ホルモンを使わなくても年齢が大きくなっていくにつれて自然に少しずつ小さくなります(相対的に足が長くなる)。成長ホルモンが座高/身長比に与える効果を知るためには、成長ホルモンを使用していない患者さんとの比較が必要ですが、まだ結論はでていないと思います。

成長ホルモンの継続基準

1年ごとに以下の基準を満たしているかどうかを判定し、いずれかを満たしているときに治療の継続をすると定められています。

1)成長速度≧4.0 cm/年
2)治療中1年間の成長速度と治療前1年間の成長速度の差が、≧1.0 cm/年 の場合
3)治療2年目以降で、治療中1年間の成長速度が下記の場合  
   2年目    ≧2.0 cm/年  3年目以降  ≧1.0 cm/年

成長ホルモン療法の副作用

成長ホルモンの一般的な副作用;糖尿病、甲状腺機能障害、けいれんなどが報告されています。頻度としては高くありませんが、成長ホルモン使用中は、副作用がでていないか、定期的な検査を受けることが必要です。一時期、白血病になる頻度が高くなると報告されましたが、現在では、特殊な染色体異常症など、もともと白血病になりやすい素因を持っている患者さん以外は心配する必要がないとされています。また、O脚や背中が曲がっている(側湾、前湾など)患者さんでは、曲がりがさらにひどくなることが予想されます。成長ホルモンを使用しなくても身長が大きくなれば自然に曲がりがひどくなることが多いのですが、成長ホルモンを使用する前に整形外科の医師と相談してください。 軟骨無形成症患者さんに特有の副作用;頭から神経が出てくるところ(大孔)が狭いため、成長ホルモンを使うと、この管がさらに狭くなることが心配されました。現在では、成長ホルモンを使用することにより大孔がさらに狭くなることはまずないと考えられていますが、定期的に検査をすることが必要です。

おわりに

成長ホルモン療法により、患者さんが少しでも不便のない生活を送ることができ、社会で活躍されることを期待しています。

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